404 Blog Not Found:道徳やしつけの根拠は自然科学にある

この著者は知ったかぶりしてるんでしょうか?それとも議論を起こすためにワザと釣ってる?

kikulog:道徳やしつけの根拠を自然科学に求めるべきではない

何度も言ってることなんですが、あらためて書くことにしました
「道徳やしつけの根拠を自然科学に求めるべきではない」

そしてその根拠は、と問うと、「自然科学は価値中立だから」ということになる。自然科学は毒にも薬にもなるのだから、そこから道徳やしつけを導くのはおかしい、というわけである。

その通りです.自然科学は毒にも薬にもなる.医者が処方する薬は用量・用法を守っている限り薬として働きますが,それを間違えれば猛毒になります.自然科学の応用を人類にとって有効な要素技術とするか,それとも殺人兵器にするかは,それを運用する人間が自然科学以外の判断基準で決定することです.自然科学は,薬になるか毒になるかの境界線を与えてくれるだけなのです.

しかし,こと後でいきなり素頓狂な方向に話が飛んでいます.

しかし、実際のところ、我々は自然科学なしに道徳やしつけを設計することは出来ない。仮に保存則が成り立たなかったとしたら、所有権という概念を我々が得る事はなかったろうし、罪と罰という考えかたそのものが、囚人のジレンマの応用と見なすことも出来る。いくら我々が自由だといっても、それは物理法則が許す範囲での自由に過ぎない。私には移動の自由があるが、今から一秒後に月に移動する自由は宇宙が禁じている--少なくとも、物理はそう言っている。どうあがこうが、我々は宇宙という監獄の中の囚人なのだ。

このように問題提起されていますが,そもそもここが間違っています.太字の部分ですね (注:太字は mrkn がつけました).囚人のジレンマは数学であり自然科学ではありません.仮に数学も含めて良いとしましょう.だとしても,囚人のジレンマがここでターゲットになるのは不自然極まりない.囚人のジレンマで使われる「罪」と「罰」という言葉,そして「囚人」という言葉は,我々が普段用いている意味を持っていません.ただの記号,xとか\omegaとかと一緒の記号でしかないのです.形式主義ってご存知でしょうか?数学で使われている名詞には意味などありません.人間が勝手に意味付けしているだけですから.

これは一見すると揚げ足を取ってるだけに見えますが,決してそうではないと思いたいです.なぜなら,形式主義という数学が取っている立場が,数学に立脚するすべての科学を成立させているからです.自然科学は判断材料を与えるだけであり,最終的な判断をしてくれるわけではありません.

しかし「一般人に対する説明」は違うのだ。「それでは何を信じたらいいのですか?」という質問にまで答えてあげないと、答えたことにならないのだ。「水からの伝言を信じるな」というのは、だから説明責任の半分しか果たしていない。そこで「誰からの伝言なら信じてもよさそうだ」ということまで伝えてはじめて一般人は「納得」するのだ。

そして,科学者に対して,「何を信じたら良いか」を問うことも間違っています.それは,己が信ずる宗教にでも委ねてもらうしかありませんよ.「何を信じたら良いか」という部分は,自然科学が敬遠してきた部分なので答えられないんですよ.そして,その部分を敬遠してきたからこそ今の科学が存在している,という点にも注目すべきです.これを敬遠することで,科学はとても無機質で冷たく感じることもありますが,その代わり誰が見ても同じに見えるという非常に強力な性質をもたらします.

kikulog:しゃべらなかったけど大事なこと

どうしたらいいかについての答はないです
ただただ悩ましい

一つ提案がある。「ここまでなら信じてもよさげリスト」というのを、科学者一同で作ってみたらいかがだろう。もちろん科学者たちではなく、いろいろな人に手伝ってもらえばいい。一昔前ならとにかく、今ではそれはそんなに難しいことではない。その時の注意点は、まだ科学的に検証されていないことでも、「だいたいこんな感じ」ということもあえて書いてしまうこと。もしそれが間違っていても、それは後で直せばいい。重要なのは、「正しい答がほんのわずかだけ入っていて、あとは間違った事の論破」ではなく、「仮説でもいいから答らしいものも余さず書く」こと。科学的には、これはきしょい。しかし科学者の言う事に人々がもっと耳を傾けるには、そうした姿勢も必要なのではないのだろうか。

これが解決に繋がるかどうか微妙ですね.そもそも事の発端が「ニセ科学」だった事を考えると,この提案は全然違う方向を向いているように思えてなりません.たとえ所謂ガイドラインを作ったところで,科学に疎い一般人がそれに基づいて「ニセ科学」を「ニセ」であると判定できるでしょうか?できないと思います.そもそも,そのようなガイドラインは,菊池先生が思考停止だと仰った「二分法」に他なりません.ガイドラインが基になって新たな「ニセ科学」が生まれる可能性も否定できないでしょう.

それでは,根本的に解決するにはどうしたらよいのでしょうか?私は,教育でしか解決できないと思っています.

(12/25追記:オリジナルに Trackback 送れてなかったので再送信)